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絵描きだった祖父は、若い頃から日本画を描き、郷里の福島で蒔絵職人をしていた。が、私の祖母と駆落ちし東京に出て来たが、絵では食べて行けず苦労したらしい。 私が子どもの頃はずいぶん絵を教えて貰った。九十才を過ぎた頃には浅草の羽子板市に出すような羽子板の仕事をしていた。
ブログ 「その時ネコ」